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#2019.09 

社長左伴コラム第3回 「思いやりを持って自分らしく生きる」

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皆さんこんにちわ。
今日は私が尊敬する方のエッセイをご覧戴ければと思います。「人としての生き方」について書かれています。人を思い、人に惑わされず、自分らしく生きようということですが、胸に手をあてて自分の人生を考えてみたくなるような文章かな。
これを読んでいて、先日ホームで札幌に大敗を喫した後、通りがかりのサポーターにお詫びした際、「いいんですよ、来れただけでも、見れただけでも」と穏やかな笑顔で応えてくれた方を思い出しました。そしたらその後、私めちゃめちゃやる気が湧いてきたんです!どんな時でも相手を思い、自分に折り合いをつけられる方なのかなと感心しきりでした。それではどうぞ。

『「(天与の花を咲かす喜び 共に咲く喜び)人見るもよし、人見ざるもよし、されど我は咲くなり」

この言葉は、武者小路実篤の言葉。「他人が自分を見ていても、見ていなくても構わない、私は私として咲く」と。季節が廻れば、人が見ていようといまいと花は美しく咲くように、私たちも自然のままに、自らの尊い命を咲かせればいい。他人の評価や世間の価値観に振り回されてしまいがちだけれど、ひとりひとりが、かけがえのない命を、自分らしく凛とした姿勢で生きていけばいいのだと伝えているのだと思います。

「神様が見ているかどうか」と言うのを判断にする人もいますが、どちらかと言うと日本人は他人の目を判断基準にしてきたような気もします。「お天道様が許さない」という言葉もありましたが「他人様に笑われるよ」とも言い、恥とは他人の目に対しての基準であったようにも思いますが、その価値観が徐々に崩れてきた気もします。

周囲に目を配れない人が増え、自分の行動を阻害されると怒る人が増えていると思いませんか。
わかりやすいのは駅。
まっすぐしか歩けない人が激増していると思いませんか?歩きスマホをしていなくても、まるで未就学児のように『これがあたしのルート』と、決して避けようとせず歩く人。そして、混んで来るとあちこちで聞こえてくる舌打ちの音。まぁ、その人が、そういう扱いを受けてきていたり、器が、年齢相応になっていない表れであるので、憐みをもって見てしまいますが、もう一つ要因が有るとするなら、そこにしか勝敗をかけられないストレスの捌け口がない人たちなのかなとも。
もしそうなら、これは、ある意味怖い事で、五輪が終わった途端、社会のストレスは一気に増えると思われるので、あちこちでそういった行為がエスカレートするのでないかと予測します。
もちろん、若い層だけに表れているわけではなく、全体的な問題でもありますが、たった今も、目の前で、運転士の目を盗んで、何食わぬ顔で無賃乗車した50代くらいの男性がいました。他人が見ていなければラッキーと言うズルい事を平気でする大人を見て子供がまともになるわけもなく。これが、今の日本の社会の一部なんだろうし、便利になっている反面、心は淋しくなり、満たされなくなっているとは皮肉なものだなとも思います。

「幸せはいつも心の中に」とはいつの時代でも言われている事。
「人見るもよし 人見ざるもよし されど我は咲くなり」

周囲に不満をぶつけることなく、ありのままに受け入れ、自分の心に恥じることなく、自分らしくいることが、自分を幸せにすることなんだと思った今週でした。

あ、なんか、お坊さんの説教みたいになってしまった(;^_^A
皆さん、今日も素敵な一日になりますように。』